10月の祭事・行事
二十五菩薩お練り供養

月日 10月21日
(第3日曜日)
場所 那須与市
即成院
TEL 075-561-3443

二十五菩薩練供養大法会修行
午後1時
東山泉涌寺 那須与市 即成院
即成院の御本尊阿弥陀如来と二十五菩薩の本誓を具現した形で、10月第3日曜日午後1時より、お練り供養法要を行います。当日は本堂を極楽浄土とし、境内の地蔵堂を現世になぞらえて、高さ2メートル余りの橋を架け渡し、25人の児童達が金襴の菩薩装束を着け、お面 をかぶり、極楽世界から現世に来迎し、衆生を安養浄土に導く姿を泉山一山の僧侶の読経、呑海講の来迎和讃に合わせて行います。

◆即成院と那須与市
当院は別名那須与市さんと呼ばれるように与市ゆかりの寺として有名である。源平盛衰記等でなじみ深く親しまれている那須与市は、いまの栃木県下野の生れ、源義経の命により出陣の途中、都まできた時俄に病にかかり難儀したが、当院の本尊阿弥陀如来の霊験あらたかなるを聞いて参篭し、病気平癒の祈念の結果、忽ち本尊の利益が顕われて平癒した。与市は報恩の為堂宇を再建し、本尊を念持仏として、小像に刻み、甲の中に納め出陣した。特に屋島の戦では平家が軍船上に一竿を建て、竿頭に日の丸の扇を掲げ、これを射よとの挑戦に、義経は与市に射落することを命じた。与市は馬を海中に乗り入れたが大浪小浪に驚き荒れ狂い、狙いを定めることが出来なかった。そこで一心不乱に本尊阿弥陀如来の冥助を念じたところ利益が顕われ、馬も鎮まり、扇面をめがけて矢を放てば美事その要を射て平家の水軍敗退の因を完遂した。与市はこの戦功によって丹波、信濃、若狭、武蔵、備中の五州を受領、下野守に任官し、御礼言上の為上洛参内した。帰途伏見桃山即成院に参篭、武道を捨て入道し、小庵を結び朝墓信心怠らずお守りした。その後病を得て文治5年8月8日逝去。時に年34才であった。境内の巨大な石造宝塔は与市の墓である。

交 通
タクシ− JR京都駅より 約5分
JR・京阪電車 東福寺駅より 約400米
近鉄電車 京都駅下車 市バス泉涌寺道まで
市バス 泉涌寺道より 約150米

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