| 天福元年(1233)に仏師康勝の弘法大師像が造像されたことをきっかけに、延応二年(1240)からは大師のご住房であった御影堂においても御影供法要が執り行われるようになりました。これが現在の「弘法市」のルーツにあたります。またこの頃になると、毎日、朝昼夕の3回、お大師さんに礼拝する3時勤行が行われるようになりました。つまり、延応2年に御影堂での御影供が行われるようになって以降、東寺における大師信仰というものが確立していくわけです。
今日では、毎月21日の「弘法市」には、境内に所狭しと、骨董屋、古着屋、植木屋などさまざまな市がたちます。種々雑多な露店が軒を連ね、大勢の人々が集う様子は、まるで境内全体が曼茶羅になったかのようです。特に1月の「初弘法」、12月の「終い弘法」は千件以上の露店と数十万のお参りで賑わいます。
ところで、一般に神社の祭日や寺院の縁日の市は古い起源もっていますが、「弘法市」の縁日がいつ頃始まったかについてのはっきりとした記録は残っていません。ただ、天狗草紙絵巻の中に、東寺南大門で物を売る商人の図が見受けられたり、東寺百合文書には、応永10年(1403)、足利義満の時代に南大門に一服一銭の茶店があったことが記されています。これによって鎌倉中期から室町時代にかけて、境内の特定の地域で商行為が行なわれていたことがわかります。 |